大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和35年(わ)130号 判決 1963年3月27日

被告人 坂根茂 外七名

主文

被告人坂根茂を懲役四月に、

被告人阿部忠正を罰金弐万円に、

被告人手塚昂吉を罰金壱万円に、

被告人千葉直人、同手塚信次をいずれも罰金八千円に各処する。

被告人坂根茂に対し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人阿部忠正、同手塚昂吉、同千葉直人、同手塚信次が右各罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用(証人秋田恂、同伊沢寿昭、同菊池節、同岡本二三男、同金子三治郎、同前田利雄に支給した分を除く)は全部被告人坂根茂、同阿部忠正、同手塚昂吉、同千葉直人、同手塚信次の連帯負担とする。

被告人大招広行、同佐藤浩、同梶浦恒男はいずれも無罪。

理由

(本件発生迄の経過)

昭和三十二年六月、岸首相はワシントンに於てアイゼンハウアー米大統領と会談し、さきに日本国との平和条約と共に締結された日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下安保条約又は安保と略称)は、いわゆる「日米新時代」に即応して「対等」な条約に改定する必要がある旨共同声明を発表した。次いで同三十三年九月、藤山外相とマツカーサー米大使との間に条約改定の為の交渉を東京ではじめることに意見の一致を見、同年十月、東京における第一回会談以来同三十五年一月迄の間、二十数回にわたる会談の末、同月六日日米両国間に意見の一致を見るに至り、同月十九日ワシントンにおいて岸首相、藤山外相ら全権委員と米国全権委員との間に改定安保条約(新安保条約)の調印が行われた。政府はこれが国会の承認を求める為同年二月五日第三十四通常国会にこれを上程審議に付し、同年五月二十日未明衆議院本会議において政府与党自由民主党(以下自民党と略称)による単独採決が行われた。

これより先、社会党、共産党をはじめいわゆる革新政党はこぞつて新安保条約は憲法に明らかに違反するのみならず、日米両国間の軍事同盟的性格を有し、米ソ対立の激しい国際情勢の下では却つて日本の平和と安全を脅かすものであるとして強く反対の意思を表明し、その他、多くの労働団体、各種団体、学生らもこれに反対の意思を表明し、飽迄その改定を阻止すべしとの立場をとり、広く国民に呼びかけ安保条約改定阻止の反対運動を展開した。同三十三年十一月頃からは反対運動も漸く活溌となり同三十四年三月には反対運動を全国的に統一、指導する目的の下に社会党、総評等十三団体を幹事団体、共産党をオブザーバーとする安保阻止国民会議(以下国民会議と略称)が結成され、これに呼応して各地域(大体県単位)に安保改定阻止県民会議(以下県民会議と略称)が結成されるに至り、爾後これらの指導統制の下に全国的な統一行動が組まれた。一方国会内においても改定案の内容につき野党側から詳細な質問がなされ、これに関する論議も亦ジヤーナリズムを賑わし、国民の関心も深まるにつれ統一行動も次第にその規模を拡大し、特に前記五月二十日未明自民党による単独採決以後はその採決方法が議会主義、民主々義に対する危機をもたらすものであるとし、これまでの安保改定そのものに対する反対に加えて議会主義、民主々義擁護の立場からの反対運動が展開された(なお最初昭和三十三年八月、未だ全国的組織をもたぬ頃の国民会議主催の下に安保改定阻止第一次統一行動が組まれて以来、同三十五年十月迄の間、二十数次に亘る統一行動に参加した人員は全国で総計一千万人を越えるに至つた)。

かかる情勢の下に国民会議は、その幹事団体の議を経て同年五月三十日から六月十日迄を第十七次統一行動期間とし、その中心を六月四日におき、当日は各労働組合は全国的に最大規模のストライキを実施することを決定し、その旨各地域県民会議に指示した(証第二十八号)。一方全国国家公務員(以下国公と略称)関係の労働組合を以て組織されていた国家公務員労働組合共闘会議(昭和三十五年六月当時の加盟単位労働組合は二十八組合、全国司法部職員労働組合(以下全司法労組と略称)も加盟)は、右国民会議の決定に対処して六月四日における国公労働組合の行動方針を決定する為、五月二十五日から三日間に亘り東京において加盟単組選出の幹事会を開き協議した結果、加盟単組は六月四日「全国一斉に出勤時(午前八時三十分)より同九時三十分迄勤務時間内職場大会を実施する。その実施要領として国公で統一したピケ隊を作り、或は県評地評にピケ要請を行い、玄関前で出勤阻止の説得行動を行う」等の決定をなし、その旨各地方の国公共闘会議に指示し(証第一号以下国公指示と略称)、併せて加盟各単組も下部組織に同趣旨の指令を発した(全司法労組の場合につき証第六号、以下全司法本部指令と略称)。

右の国公指示をうけた宮城県国公地公共闘会議(加盟単組労働組合は十七組合、全司法労組仙台支部も加盟)は同年五月三十日、仙台市北一番丁所在の仙台国税局内全国税労働組合東北地方連合会事務所において加盟単組代表者会議を開き(全司法労組仙台支部から被告人阿部、全農林労組宮城県本部から被告人千葉、全国税労組東北地方連合会から被告人手塚信次が出席)、前記証第一号国公指示取び各単組の本部指令の実施策を協議した結果、六月四日は加盟各単組共右国公指示の線に沿い、午前八時三十分から同九時三十分迄各官公署玄関前において、統一した勤務時間内職場大会を開くことを申合せ、更に具体的な共闘の組み方等につき、六月二日開催予定の宮城県民会議において決定することとし、同県民会議に前記共闘会議事務局長三浦静男を出席させることとした。なお、右代表者会議において今後の県内国公の共闘態勢を強化、推進する為、新たに国公共闘会議宮城地区闘争委員会(以下国公宮城地区闘争委員会と略称)を組織した。

一方宮城県民会議(団体加盟団体は各単組、民主団体、政党等約三十団体、全司法労組仙台支部も加盟)も、六月二日午後仙台清水小路所在電通労働会館において加盟団体代表者会議を開き、宮城県内における六月四日統一行動の実施につき協議し、席上国公関係を代表して前記三浦事務局長から五月三十日開かれた宮城県国公地公共闘会議の模様につき報告し、六月四日国公労組において午前八時三十分から同九時三十分迄開く勤務時間内職場大会のうち、東北建設局前職場大会と仙台高等裁判所前職場大会(以下仙台高裁前職場大会と略称)は、これを県民会議規模のものとし外部者もこれに参加して実施することとし、仙台高裁前職場大会には国鉄、全農林、全国税の各労組員及び東北大学学生らが参加して実施することが決められた。右県民会議の決定をうけた国公宮城地区闘争委員会は、六月二日午後五時過頃から前記全国税労働組合東北地方連合会事務所において更に代表者会議を開き(被告人坂根、同阿部、同手塚信次ら出席)、六月四日各官公署前で開く職場大会の進め方、声明文その他の具体的細目をきめ、仙台高裁前職場大会については被告人坂根がその総指揮に当り、議長として被告人千葉が、司会者として被告人手塚信次がこれに当ることとし、参加する前記各労組員及び学生らにおいて庁舎各入口にピケを張り登庁した裁判所職員の入庁を阻止して職場大会に参加方説得すること等がきめられた。

(罪となるべき事実)

被告人坂根茂は、もと税務署職員であつたが、昭和三十三年八月懲戒免職処分を受け(目下係争中)、本件当時(昭和三十五年六月四日)全国税労働組合中央執行委員の職にあり、証第一号国公指示の現地指導の為国公共闘会議からオルグとして仙台市に派遣されていたもの、被告人千葉直人は農林省宮城作物報告事務所石巻出張所に勤務し且つ全農林労働組合宮城県本部副執行委員長の職にあつたもの、被告人手塚信次は仙台北税務署に勤務し且つ全国税労働組合東北地方連合会執行委員、宮城県国公地公共闘会議副議長の職にあつたもの、被告人阿部忠正は仙台地方裁判所に裁判所書記官補として勤務し且つ全国司法部職員労働組合仙台支部執行委員長の職にあつたもの、被告人手塚昂吉は同裁判所に裁判所書記官として勤務し且つ同労組東北地区連合会執行委員長の職にあつたものであるが、

第一、右県民会議及び国公宮城地区闘争委員会の決定をうけた被告人阿部は、これが決定事項を裁判所職員に伝達し併せて六月四日仙台高等裁判所前で開かれる職場大会に参加協力を求める為、昭和三十五年六月三日正午頃、仙台市片平丁六十九番地仙台高等裁判所内全司法労組仙台支部事務所に同労組東北地区連合会、同支部及び支部分会役員による合同執行委員会を招集し席上同被告人、被告人坂根、同手塚昂吉は、共謀の上、出席した分会役員である笹川実、伊藤正明、中島文夫、菊地セイ子、三条文雄、斎藤武雄、吉田秋夫らに対し、被告人阿部において「六月四日午前八時三十分から九時三十分迄一時間仙台高等裁判所裏玄関前において勤務時間に食込む職場大会を開くから参加して貰い度い。当日は全農林、国鉄の各労組員、学生ら外部の者も参加することになつているから協力して欲しい」旨申し向け、且つ出席した分会役員に対し、他の裁判所職員にもこれに参加するよう伝達方依頼し、その頃仙台高等裁判所、同地方裁判所、同簡易裁判所において前記笹川実、伊藤正明、中島文夫、菊地セイ子らを介して大山長子外二十数名の裁判所職員に対し右職場大会に参加するよう伝達させ、以て裁判所職員に対し同盟罷業の遂行をあおり、

第二、被告人坂根、同阿部、同手塚昂吉、同千葉、同手塚信次は、同年六月四日午前八時三十分から同九時二十七分迄の間仙台高等裁判所構内で開かれた職場大会に参加した国鉄労組員数十名、全農林労組員十数名、全国税労組員数名及び東北大学学生百数十名と共謀の上、前記各労組員及び学生らにおいてその間仙台高等裁判所、同地方裁判所及び同簡易裁判所庁舎各入口にスクラムを組んで立ち塞がり、折柄出勤した裁判所職員に対しその登庁を阻止し、前記職場大会に参加方しようようし、以て裁判所職員に対し同盟罷業の遂行をあおり、

第三、被告人坂根、同阿部、同手塚昂吉、同千葉、同手塚信次は、前記各労組員及び東北大学学生らと共謀の上、被告人坂根、同千葉、同手塚信次竝びに前記各労組員及び学生らにおいて昭和三十五年六月四日午前八時三十分から同九時三十分迄の間仙台高等裁判所、同地方裁判所、同簡易裁判所庁舎各入口にスクラムを組んで立ち塞がり、裁判所職員に対しての登庁を阻止し、これらの者をしてその間仙台高等裁判所構内において開かれる予定の勤務時間内職場大会に参加させる目的を以て同日午前八時頃、仙台高等裁判所事務局長兼築義春管理に係る同高等裁判所構内に不法に侵入した

ものである。

(証拠の標目)(略)

尚、右の事実認定に当り、事実上又は証拠上重要と思われる以下の諸点につき、付言する。

(1)  被告人阿部の判示第一の行為は国家公務員法第百十条第十七号の争議行為を「あおる」行為に当るか。

国家公務員法第百十条第十七号の争議行為を「あおる」行為とは「特定の行為を実行させる目的を以て、文書若しくは図画又は言動により人に対しその行為を実行する決意を生ぜしめ又は既に生じている決意を助長させるような勢のある刺戟を与えること」をいうものと解するのが相当である(昭和三十七年二月二十一日最高裁判所大法廷判決、破壊活動防止法第四条第二項参照)。ところで前掲証拠によれば、被告人阿部は六月二日の県民会議において本件職場大会が決定されるに先だち、五月二十七日頃全司法労組中央本部から、同労組中央執行委員長佐藤喜三郎名義の「六月四日午前八時三十分から九時三十分迄を目途に職場大会を行え、その実施に当つては各地区国公の統一指導の下でそれぞれの現状を理解し合い、現実の力量を着実に発展させる方向で闘いを組まなければならない」という趣旨の指令(証第六号全司法本部指令)を受けたので、同月二十八日頃から数回に亘り全司法労組仙台支部事務所において支部、分会役員による執行委員会を開きこれが消化方法について協議を重ねて来たが、右の執行委員会では職場大会を開くとしても、いわゆる出勤猶予時間として許されている午前八時四十五分迄が限度で本部指令通り午前九時三十分迄勤務時間内に食込む職場大会を開くのは無理であるとの意見が多数を占めていた(中島文夫の検察官に対する昭和三十五年九月七日付供述調書)にも拘らず、被告人阿部は前記県民会議の決定を受入れ、午前九時三十分迄職場大会を実施することを決意するに至つたものであること。六月三日全司法労組仙台支部事務所において開いた合同執行委員会の席上においても、分会役員たる伊藤正明、笹川実、中島文夫等から午前九時三十分迄職場大会を開くことは無理だから止めた方がよい旨、特に非組合員や電話交換手らまで登庁を阻止するのは止めた方がよい旨発言があり本件職場大会を開くことに強い反対の意見が表明されたが、これに対し被告人阿部は「大会の一切の運営は国公共闘会議で決定されたことであるので今更変更はできない」旨応え、又同席していた被告人坂根において「個々の例外を認めると大会の運営が崩れるから差別なく庁舎内に入ることを阻止するのだ」と述べて被告人阿部に口添えした為右伊藤らを初め出席した組合役員らも止むを得ずこれを実施することに同意するに至つたものであること(伊藤正明、笹川実、中島文夫の検察官に対する各供述調書)等の事実が認められ、これらの事実関係に照せば、被告人阿部は本件職場大会を実施するにつき組合役員又は組合員の意見を充分に聴取し又は討議を経た上で之を決定したものとは言えず、尚、本件職場大会は少く共形式的には勤務時間に一時間食込むものであり、(裁判所職員臨時措置法によつて裁判所職員にも国家公務員法が準用される)又、その方法も庁舎各入口にピケを張つて裁判所職員の登庁を阻止するというのであるから違法であり、これらの事実を合せ考えると、判示第一の被告人阿部の言動は冒頭に示した争議行為を「あおる」行為に該当するというべきである。

(2)  判示第一に関する共謀について。

被告人阿部につき、さきに述べた外、六月三日の合同執行委員会の席上、出席していた被告人坂根を「国公共闘会議からオルグとして派遣された人である、主催者は今紹介した国公共闘会議のオルグの人がやることになつている」旨、出席した組合役員に紹介していること(伊藤正明の検察官に対する供述調書(八月十日付)、被告人坂根については、前掲証拠によると六月一日及び六月二日の両日全司法労組仙台支部を訪れ、被告人阿部らと本件職場大会の実施方につき協議し、六月二日の国公宮城地区闘争委員会にも出席して本職場大会の具体的な進め方等の協議にも加つていること、更に前述の如く六月三日全司法労組仙台支部において開かれた合同執行委員会にも出席し、席上伊藤正明が被告人阿部に対し「非組合員や電話交換手等の人達も庁内に入れないよう阻止するのは止めた方がよい」旨発言したのに対し「個々の例外を認めると大会の運営は崩れるから差別なく庁舎内に入ることを阻止するのだ」と述べて同被告人に口添えしていること、等の事実を併せ考えると被告人阿部と同坂根との間に意思の連絡があつたことは明らかである。被告人手塚昂吉については、同被告人は全司法労組員東北地区連合会執行委員長として証第六号全司法本部指令を受けるや、五月三十日頃同地連執行委員会を開き本部指令を確認し、六月一日頃管下各支部に対し六月四日は本部指令の線に沿い勤務時間内職場大会を開くよう指示し、又、その頃仙台支部執行委員長である被告人阿部に対し本部指令を見せて「このようにやるように」と指示していること(被告人手塚昂吉の当公廷における供述、同被告人の検察官に対する九月三日付、九月七日付各供述調書、証第八号の一指示書)、六月三日午後自室である仙台地方裁判所刑事書記官室において、被告人阿部と共に同室の者に対し「明日の朝、学生その他外部の組合員が来てピケが張られるから、庁舎に入れなくなるかも知れない」旨話した際、樋渡信悟、三浦通正らから「それは無理だから止めることはできないか」と反問されたのに対し被告人手塚昂吉はこれに反駁していたこと(証人三浦通正、同樋渡信悟、同村上陸三部の各証人尋問調書)等の諸事実を認めることができ、以上の事実を綜合すると同被告人は本件職場大会の実施に付き、被告人阿部を積極的に支持していたことが認められ同被告人の上記言動に付き、同被告人と意思を共通にしていたことを優に認めるに足る。

(3)  判示第二のいわゆるピケは国家公務員法第百十条第十七号の争議行為を「あおる」行為にあたるか。

前掲証拠によれば本件ピケの目的は出勤して来た非組合員をも含む総ての裁判所職員の登庁を阻止しこれらの者をして本件職場大会に参加方しようようするのが主目的であつたのであり、事実何人も理由の如何を問わず本件職場大会が終了した午前九時二十七分迄登庁を阻止された事実が認められ、その方法は一段と違法性が強いと言わざるを得ず、国家公務員法第百十条第十七号の争議行為を「あおる」行為に当るものである。又、前記のような事実関係に徴すれば本件ピケはその行為自体から右の本件職場大会に参加方しようようする目的があつたことは否定することはできない。

(4)  判示第二に関する共謀について、

被告人阿部、同坂根、同手塚昂吉については、さきに述べたところから明らかなように、本件職場大会に全農林、国鉄、その他の労組員及び東北大学学生らが参加してピケを張り裁判所職員の登庁を阻止することは既に知悉していたものであり、その外被告人坂根は六月四日当日本件職場大会を実際に指導し、庁舎各入口にピケを張つていた国鉄、全農林、全国税の各労組員及び東北大学生らを激励していたこと(証人高橋稔、同佐藤三郎、同山下祐治、同渡辺哲夫、同鈴木治夫、同後藤茂男、同菊池節の各証人尋問調書)、被告人阿部は六月四日当日本件職場大会の現場において参加した裁判所職員に対し決議文を配付して廻つていたこと(笹川実の検察官に対する昭和三十五年八月十一日付供述調書)、裁判所職員片岡信之、鈴木治夫外数名の者に対し本件職場大会に参加するよう申し向けていたこと(同人らの各証人尋問調書)を認めることができる。被告人千葉は、六月三日夜に至つてその所属する全農林労組宮城県本部事務所において三浦書記長から六月二日の国公宮城地区闘争委員会において本件職場大会の議長に選任されたから行くように言われて本件職場大会に参加したのであるが、既に五月三十日開かれた宮城県国公地公共闘会議に出席して本件職場大会が証第一号国公指示の線に沿い実施されるものであることを予め了知していたこと、六月三日以前において本件職場大会に参加させる全農林労組員の人員、分担等につき、他の組合役員と協議していること、六月四日には、本件職場大会に参加して議長としてこれを指導していること、六月四日午前八時十五分頃仙台高等裁判所事務局長兼築義春が同高等裁判所裏玄関にピケを張つている労組員らの状況を写真撮影しようとした際、同人に抗議を申し込んでいること(証人細谷静夫、同山下祐治、同兼築義春(第一回)の各証人尋問調書及び被告人千葉の当公廷における供述)、を認めることができ、被告人手塚信次については、同被告人は被告人千葉と同様五月三十日開かれた宮城県国公地公共闘会議に出席し、六月二日開かれた国公宮城地区闘争委員会にも出席し本件職場大会の進め方等について協議しているのであるから、上記労組員及び東北大学学生らによつてピケを張り裁判所職員の登庁を阻止すること、及び被告人坂根が本件職場大会の総指揮に、同千葉が議長に当ることも了知していたものであり、亦六月四日当日は本件職場大会に参加して司会を勤めていること、被告人千葉と共に前記兼築事務局長の写真撮影に抗議していること(証人山下祐治、同新妻幸吉、同渡辺哲夫の各証人尋問調書及び被告人手塚信次の当公廷における供述)、等の事実を認めることができ、以上の事実を綜合すると、少く共、六月四日本件職場大会の現場において本件職場大会を判示の如き形態でなすことにつき被告人阿部、同坂根、同手塚昂吉、同千葉、同手塚信次の相互間及び国鉄、全農林、全国税の各労組員及び東北大学学生らとの間に意思の連絡があつたことを認めることができる。

(5)  判示第三に関し仙台高等裁判所構内は刑法第百三十条のいわゆる囲繞地に当るか。

刑法第百三十条の建造物に、いわゆる囲繞地を含むことは判例の認めるところであり、(最高裁判所昭和二四年(れ)第三四〇号、同二十五年九月二十七日小法廷判決)、当裁判所もこれと同じ見解に立つ。右の囲繞地とは同条が建造物の平穏性、安全性を保護する趣旨に照らし門塀等により外部と区劃し外部との交通を制限し、一般人がみだりに出入りすることを禁止している場所を謂うものと解するのが相当である。当裁判所の検証調書によれば、仙台高等裁判所構内は周囲に高さ約七十糎乃至八十糎の木柵が廻らされ(但し北側の一部は民家と接続している為高さ一米以上の石塀となつている)、正面及び裏の部分には施錠設備のある表門及び裏門(何れも中央に大門、左右に小門がある)が設けられてあり一見して外部とは劃然と区劃されており、その態様、地形から見て一般人がみだりに出入りすることを禁止していることは明らかであるから、その構内は上記囲繞地に当ると謂うべきである。尚門塀等に守衛が置かれているか否かは結局該場所が外来者がみだりに出入りすることを禁止された場所であるか否かを判断する一資料に過ぎないと解すべきであるから、前記のとおり門塀が設けられている態様、その地形等から見て、一見一般人がみだりに出入りすることを禁止されていることが明らかである以上、門塀に守衛等を置いていなくともこれを囲繞地と謂うを妨げたい。なお本件証拠によると前記各門のうち、表門は常時(日中夜間共)大門を開放し、裏門は日中は大門小門とも開放し夜間は大門を閉めて小門の一方を開放していること、日中昼休時などには附近住民が構内においてキヤツチボール等をし、附近を通行する者が便宜構内を通り抜けること、夜間も時折一部の者が構内に立入つていること等の事実が認められるが、凡そ官公署が門塀を開放しているのは該官公署に正当な用務を帯びて来る人の出入りの便宜を計る為であり、又夜間門塀を開放しているのも裁判所の職務の性質上、令状その他訴訟関係人の用務の便宜に供する為であつて、正当の目的を有せぬ者までも、みだりに出入りすることを容認する趣旨ではない。亦上記の如く一部の者が構内に立入つている事実があつたとしても、右の認定を妨げる事由となるものではない。又かく解しても裁判の公開性を害するものでないことは多言を要しない。従つて違法行為を行う目的で(本件は午前八時三十分から同九時三十分までピケを張つて職員の登庁を阻止する為というのであるから違法である)右構内に立入つた者に対し住居侵入罪の成立を妨げるものではない。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  国家公務員法第九十八条第五項、第百十条第十七号と憲法第二十八条との関係。

弁護人は国家公務員法第九十八条第五項及び同法第百十条第十七号は憲法第二十八条に違反すると主張するのでこの点につき判断する。憲法第二十八条に、いわゆる勤労者には国家公務員も包含されると解されるが、憲法が国民に保障する権利はすべて公共の福祉の為に利用すべきもので、これに反しない限りにおいて立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とすることはいうまでもない。併しその反面において憲法第二十八条の保障する権利も公共の福祉に反する場合には立法による制限も許されると解すべきである。凡そ国家公務員は国民全体の奉仕者として(憲法第十五条)国民全体から信託されこれに奉仕する地位と職責を有しこの点において一般労働者と異つた特殊性をもち、国家公務員が争議行為を行うことは使用者たる国民全体に多大の不利益を与え、公務員自らが、国民全体に対して負う信託関係を否定することとなる。故にそれは公共の福祉に反する行為といわねばならない。従て国家公務員の争議行為を禁止した国家公務員法第九十八条第五項の規定は憲法第二十八条の規定に違反するということはできず、又右の見地よりして国家公務員の争議行為を「あおる」行為に対し刑事罰を科したとしても憲法第二十八条に違反するとはいえない。従て国家公務員法第百十条第十七号の規定も亦憲法第二十八条に違反するものではない。

(二)  国家公務員法第百十条第十七号と憲法第二十一条第十八条の関係。

弁護人は国家公務員法第百十条第十七号は憲法第二十九条、第二十一条、第十八条の諸規定に違反する、と主張するのでこの点につき判断する。憲法第二十一条が保障する表現の自由も社会の福祉と安全に危険を与えない限度において認められるものであつて、かかる危険を伴うものは憲法の保障する表現の自由の範囲を逸脱するもので、最早、表現の自由としては認められず、立法上これを処罰することも許されると解しなければならない。前述の如く国家公務員の争議行為は国民全体に多大の不利益を与え、公務員自らが国民全体に対して負う信託関係を否定することとなりこれを「あおる」行為は社会の秩序と安全に危険を生ぜしめるものである。従てかかる表現行為を処罰する国家公務員法第百十条第十七号の規定は憲法第二十一条に違反するものではない。又、かかる行為を処罰したからといつて国家公務員を憲法第十八条の奴隷的拘束又はその意に反する苦役に服させることにならないから、国家公務員法第百十条第十七号の規定は憲法第十八条にも違反しない。

(三)  弁護人は今次の安保反対闘争は、憲法違反の内容をもつ改定安保条約が日本の平和と独立を脅すものであり、又自由民主党の強行採決が議会主義、民主々義を脅したことに対し憲法を擁護し、日本の平和と独立、議会主義民主々義を守る為の全国民的な闘争であり、被告人らの本件行為はその一環としてなされたもので、憲法の容認する抵抗権の行使として正当な行為であつたと主張するのでこの点につき判断する。

いう所の抵抗権とはその内容必らずしも明確ではないが、論旨より見て被告人らの行為は憲法を守る為已むを得ずなした必要最小限度の行動であつて刑法第三十五条の法理に照らして正当な行為であつたと主張するか又は実定法上行為の形式的違法性を超えて実質的違法性が阻却されると主張するものと解される。ここでは、前者の正当行為の主張について判断し、後者については後記(四)で判断する。

先づ弁護人は本件行為が正当行為であつたことの理由の一として、新安保条約が明らかに憲法に違反することを種々の論拠をあげて強調するが、この点については既に最高裁判所の判例により裁判所の司法的審査のわく外にあるとの見解が示されており(昭和三十三年十二月十六日大法廷判決、この見解は旧安保条約に対する判断として示されたものであるが新安保条約についても妥当すると思われる)、当裁判所も未だこれと異なる見解に立つべき理由を見出し得ない。

当裁判所がこれまで取調べた証拠によれば、改定安保条約の国会内における審議においても同条約中特に国民の関心が深いと思われる同条約第六条適用地域の範囲(極東の範囲)、交換公文における事前協議、第五条の防衛義務等の点について政府は必らずしも国民を納得させるに足る誠意ある説明をしたとは言えぬふしがあり、同条約に対する国民の疑わくの念を完全に払拭するには至らなかつたこと、同三十五年五月二十日の政府与党自由民主党による単独採決の方法に対しても、それが野党側にも責められるべき点がなかつたとは言えないにしても、当時の新聞論調及び国民世論には批判的なものが多かつたこと、当時の年余に亘る一連の安保闘争に参加した者は全国で総数一千万人を超えたこと、特に五月二十日の自由民主党による単独採決以後は議会民主々義に対する危機を憂うる者も加つて全国各地で抗議集会がもたれ、国会周辺には連日の如く労働者、学生を初め国民の各階層を含めた市民の請願ないしデモ隊が参集していたこと、労働者のストライキ特に国民の市民生活に最も影響の多い運輸部門労働者のストライキに対しても従来のそれに較べ国民の批判が少なかつたこと、嘗つて見られなかつた商店のいわゆるゆる閉店ストが全国十数ヶ所の都市で行われたこと等の事実を認めることができ、これらの事実に徴すれば当時国民の可成多数の者が多かれ少なかれ新安保条約に批判的であり、前示政府自由民主党の行為が民主々義に対する危機をもたらすのではないかとの疑念を抱いていたと認められる。斯る政治的社会的状況下において本件仙台高裁前職場大会は国民会議の主催する第十七次統一行動の一環として行われ、被告人らの行為はこれを指導し又は参加する為になされたものであることが認められる。凡そ改定安保条約について、又、強行採決について自己の見地からして反対の意思を表明すること自体は自由であり何等非難される点はない。併し乍ら、それを如何なる時、如何なる場所で如何なる方法でなすかも亦自由であるとはいえない。そこには自ら守るべき節度が存する。本件証拠によれば、六月四日午前八時三十分から同九時二十七分迄の間仙台高等裁判所の表玄関前には数十名の学生、全農林の労組員らが二、三列の隊列を組んでスクラムを組み、労働歌を合唱し乍ら立ち塞がり、又裏玄関には十数名の労組員が同様立ち塞がり、同簡易裁判所正面玄関にも数十名の労組員らが長椅子に腰を掛け乍ら塞がり、その他庁舎各入口及び各窓下にもそれぞれ学生労働者が立ち塞がり、その間組合員、非組合員、外来者の別なく、又その理由の如何を問わず、庁舎内に入ることを堅く阻止し、事実稲田仙台高等裁判所長官、板垣同地方裁判所長、同裁判所佐々木裁判官、太田裁判官、渡部裁判官らの登庁も阻止しているのであつて、右の如き態様をもつ本件行為は当時の政治的、社会的状況を考慮に入れても、明らかにその節度を越えるものであり法律秩序全体の精神に照らして到底是認されるところではない。よつて、被告人らの本件行為は正当な行為であつたとの主張は採用できない。

(四)  最後に弁護人は、本件行為により失われた利益は仙台高等裁判所、同地方裁判所、同簡易裁判所の職務の開始が僅か四十二分間遅れたに止まり、実質的な被害は殆んどなかつた。又その間暴行脅迫等の事例も全くなく平穏且つ整然と行われた。以上、被告人らが本件行為に至つた動機、目的、行為の手段方法、守ろうとした利益に比し失われた損失が極めて僅少であつたこと等を考量すると、被告人らの行為は実質的違法性が阻却されると主張するのでこの点につき判断する。

弁護人の主張するところは、畢竟、いゆる超法規約違法性阻却事由の主張と解される。凡そ刑法上構成要件該当行為に対し刑法第三十五条前段の法令による行為、同法第三十六条の正当防衛、同法第三十七条の緊急避難及び自救行為の外に、正当行為とせられる為のいわゆる超法規的違法性阻却事由を認めるか否かについては未だ確立した見解は存しないが、当裁判所として行為の違法性はこれを実質的に理解すべきでこれを認めなければならない場合もあると考える。即ち行為の動機、目的、その目的の為の手段方法の相当性特に当時の具体的状況に照して該行為に出ること以外に他に手段方法がなかつたかどうか、当該行為により保全される法益と当該行為により侵害される法益等を比較し権衡を失しないか否か等を考慮し、その結果当該行為が法律秩序全体の精神に照らして是認され実質的に法律秩序に反しない場合に始めて違法性が阻却されると解する(昭和三十五年十二月二十七日東京高等裁判所刑事第三部判決参照)。前記の基準により被告人らの行為を検討するに、前述の如く被告人らが本件行為に出るに至つた動機、目的には諒とすべきものがあるが、前記のとおり本件行為の態様方法は、守るべき節度を越えたものであり、又本件の如き行為に出ること以外その目的主張を表明する方法が存しないか、又は他の方法をとることが著しく困難であつたと認むべき事情も存せず、法律秩序全体の精神に照らし是認されるところではないので、この点の主張も亦採用できない。

(無罪とすべき事実)

一、被告人大沼広行に対する公訴事実の要旨は、「被告人大沼広行は全国司法部職員労働組合仙台支部副執行委員長であるが

(一)  被告人坂根茂、同阿部忠正、同手塚昂吉及び全国司法部職員労働組合東北地区連合会、同仙台支部の各執行委員らと共謀の上、昭和三十五年六月三日仙台市片平丁六十九番地仙台高等裁判所内同労組仙台支部事務所において、菊地セイ子ら約十名の裁判所職員に対し同月四日は日米安全保障条約改定に反対する為、午前八時三十分より同九時三十分迄就業を放棄して勤務時間内職場大会に参加するようしようようし、且つ他の裁判所職員にも参加しようよう方を申し向けその頃仙台地方裁判所、同簡易裁判所において右菊地セイ子らを介して大山長子ほか二十数名の裁判所職員に対し就業を放棄して参加するようしようようさせ、以て裁判所職員に対し同盟罷業の遂行をあおり、

(二)  被告人坂根茂、同阿部忠正、同千葉直人、同手塚信次、同手塚昂吉、全国税労組員、全農林労組員、国鉄労組員及び東北大学学生らと共謀の上、同月四日国鉄労組員及び東北大学学生らにおいて仙台高等裁判所庁舎各入口にスクラムを組んで立ち塞かり、出勤して来た裁判所職員約二百名に対し庁舎内への立入りを阻止し、前記の如く午前八時三十分より同九時三十分迄就業を放棄して勤務時間内職場大会に参加するようしようようしたほか、その際同高等裁判所構内で被告人阿部、同大沼において片岡信之ら十数名の裁判所職員に対し右職場大会に参加するよう申し向けてしようようし、以て裁判所職員に対し同盟罷業の遂行をあおり、

(三)  被告人阿部忠正、同手塚昂吉、同坂根茂、同千葉直人、同手塚信次のほか、国鉄労組員全国税労組員、全農林労組員及び東北大学学生らと共謀の上、同日右仙台高等裁判所庁舎各入口にこれらの国鉄労組員らをしてスクラムを組んで立ち塞がり、仙台高等裁判所、同地方裁判所及び同簡易裁判所職員が執務のため同庁舎内に入ることを阻止して勤務時間内に喰い込む職場大会に参加せしめる目的で右坂根、千葉、手塚信次及び右国鉄労組員らをして、同日午前八時ごろ、仙台高等裁判所事務局長兼築義春管理に係る同裁判所構内に侵入した

ものである」というにあり

二、被告人佐藤浩、同梶浦恒男に対する公訴事実の要旨は、

「被告人らは全司法労組員、全国税労組員、全農林労組員、国鉄労組員及び東北大学学生らと共謀の上、昭和三十五年六月四日仙台市片平丁六十九番地仙台高等裁判所庁舎各入口にスクラムを組んで立ち塞がり、仙台高等裁判所、同地方裁判所及び同簡易裁判所職員が執務の為同庁舎内に入ることを阻止して勤務時間内に喰い込む職場大会に参加せしめる目的で同日午前八時頃、仙台高等裁判所事務局長兼築義春管理に係る同裁判所構内に侵入した

ものである」というにある。

三、無罪とすべき理由

(一)  被告人大沼について。

(1) 右公訴事実中(一)、(三)はいわゆる共謀共同正犯であり、(二)は共謀共同正犯の外に実行者としての刑責を問うものと思われる。

(2) そこで先づ共謀共同正犯の点につき検討するに、本件全証拠によるも、右各公訴事実共、被告人大沼に共謀の事実があつたことを認めるに足る資料は存しない。

(3) もつとも笹川実、中島文夫、伊藤正明の検察官に対する各供述調書、証人門屋勝男、同片岡信之、同鈴木治夫の各証人尋問調書、被告人大沼の当公廷における供述等を綜合すると、被告人大沼は本件当時全司法労組仙台支部副執行委員長の地位にあり、昭和三十五年六月三日昼頃、仙台支部事務所で開かれた合同執行委員会に出席し、前記被告人阿部、同坂根の各発言や本件職場大会を開くことについて積極的に反対した事実はなかつたこと、又、その前后を通じても、本件職場大会を実施することについて反対の意思を表明していた事実もなかつたこと、六月四日は午前八時前に出勤して本件職場大会に参加し、庁舎入口にスクラムを組んでいた学生らにより登庁を阻止された門屋勝男から「実は全司法の組合の人の許可がなければ入れられないと言つているのだけれども、入れるように話してくれ」と言われたのに対し「職場大会に協力してくれ」という趣旨のことを述べていたこと、登庁を阻止された同人や片岡信之からこれはどうしたことかと詰問され「まあまあ」とこれをなだめるようなことを言つたこと、本件職場大会開催中被告人阿部と共に庁舎北側附近を歩いていたこと(証人門屋勝男、同片岡信之、同鈴木治夫の各証人尋問調書)等の事実を認めることができ、以上の事実を綜合すると、被告人大沼は少く共被告人阿部らと共に本件職場大会を実施することにつき賛成し同被告人を支持支援していたのではないかと思われる節もないではないが、他面被告人大沼は同三十五年五月二十八日頃から六月二日迄の間、東京において開かれた全司法労組本部主催の司法制度研究会に出席しており、その間被告人阿部らと接触しておらず、本件職場大会の細目については六月三日に至つて初めて知つたこと(被告人大沼の当公廷における供述)等の事実を考慮すると、前記各事実を以てしては未だ右の各公訴事実につき共謀の事実があつたことを認めるに足りない。

(4) また(二)の実行者とする点については、被告人大沼が本件職場大会の現場において、門屋勝男、片岡信之らに対し前記趣旨のことを述べたとしても、これをとりあげて争議行為を「あおつた」ものと認めることはできない。

従つて同被告人に対し結局犯罪の証明なきに帰し刑事訴訟法第三百三十六条後段により無罪の言渡をすべきものである。

(二)  被告人佐藤について。

(1) 被告人佐藤が同三十五年六月四日仙台高等裁判所構内に立入り本件職場大会に参加したことは被告人自ら認めるところであり、この点は証人後藤茂男、同山下祐治の各証人尋問調書によつても明らかである。

(2) しかし被告人佐藤は六月四日同裁判所構内に立入つたのは、当日仙台地方裁判所において開廷予定の織田政勝、高橋福雄に対する公務執行妨害被告事件の公判傍聴の為であつて本件職場大会に参加する目的で立入つたのではない旨主張するので先づこの点について検討する。

(3) 本件証拠によれば、当日は右被告事件の公判期日が指定されていたが、弁護人より期日変更申請の出されていたことが認められる。

証人渡辺喧夫の証人尋問調書によれば、これまで右事件の傍聴人が裁判所に来るのは通常午前九時過頃であり、この種の公安事件では公判期日変更申請が当事者又は弁護人から出されていれば傍聴人は来ないのが普通であるのに、六月四日被告人佐藤が裁判所に来たのは午前八時頃であること(証人岡本二三男の証人尋問調書)、当日被告人佐藤は岡本二三男と共に裁判所へ来る途中、国鉄労組仙台地方本部事務所に立寄り右事件の公判期日変更申請が出されているかどうか確めていること、(証人岡本二三男の証人尋問調書)六月四日午前八時頃、仙台高等裁判所裏玄関前に他の国鉄職員らと共に立つていた際、以前から面識のあつた仙台地方裁判所書記官後藤茂男から「こんなに早いのに何故来たのか」と問われこれに対し被告人佐藤は「誰も好きで来たのではないんだ、全司法から頼まれて来たのだ」と答えていること、(証人後藤茂男の証人尋問調書)、等の事実を認めることができ、その他被告人佐藤が裏玄関に他の国鉄労組員と共に立つていた事実(証人後藤茂男、同山下祐治の各証人尋問調書)をも併せ考えれば、被告人佐藤が六月四日午前八時頃仙台高等裁判所構内に立入つたのは、前記事件の公判傍聴の為ではなく、本件職場大会に参加する目的で立入つたのではないかと認められる節がないでもないが、他面右事件の公判期日が変更になることは事前には告知されておらず六月四日午前八時頃になつて初めて発表されたものであり(証人岡本二三男、同渡辺喧夫、同石塚長助の各証人尋問調書)、従て国鉄労組仙台地方本部でも被告人らがこれを確めに立寄つた際は確定的に変更になるかどうかわからなかつたことが認められるから(証人岡本二三男の証人尋問調書)、これを確めに同本部へ立寄つたのにもかゝわらず右事件の傍聴の為裁判所へ来たということもあながち不合理とはいえない。(この点は六月四日仙台高等裁判所構内に立入つた国鉄労組員のうち当初から本件職場大会に参加する目的で立入つた者(例えば荒木盛、佐藤栄一、福島重子、大松沢実明らの各証人尋問調書参照)と、当初は右事件の公判傍聴の為立入つた者(例えば前田利雄、金子三治郎らの各証人尋問調書参照)があることからも首肯できる。また、右事件の傍聴人は午前九時頃来るのが普通であるのに当日被告人は午前八時前後頃裁判所に来た点についても、被告人佐藤は前夜、夜勤に当り六月四日午前七時過頃勤務を終了したので、その侭公判傍聴に来たというのであるから(被告人の当公廷における供述)、この点もあながち背理とは云えないし、被告人佐藤が後藤茂男に対して言つた前記の言葉にしても他の国鉄労組員らと共に裏玄関附近にいた際における発言であることからみれは、不用意の間に出た言葉とも解される。これらの点と証人岡本二三男、同金子三治郎、同前田利雄らの被告人佐藤の右主張に沿う供述記載(とくに同被告人は、裁判所へ向う途中わざわざ国鉄労組仙台地方本部へ右公判が変更になるかどうか確めに立寄つているところからみると勤務を終えて裁判所に出発するときは公判傍聴の目的であつたことが窺える)を合せ考えると、右の各事実を以てしては未だ本件職場大会に参加する目的であつたとする資料とするには足りない。尚被告人佐藤は本件職場大会に参加し裏玄関附近に立ち塞つていた他の国鉄労組員らの中に混つていたことは自ら認めるところであり、証人後藤茂男、同山下祐治の各証人尋問調書により明らかであるから、少く共その時点からは住居侵入罪の成立を認め得るかの観があるが、他人の住居又は建造物に立入る際不法の目的が認められず、従て住居侵入罪が成立しない以上、その後不法の目的のもとに引続いて他人の住居等に侵入していたとしても刑法第百三十条第二項の不退去罪に問擬するなら(格別検察官は裁判所、弁護人の釈明に対しこの点は起訴しない旨明にしている)第一項の住居侵入罪は成立しないものと解する。結局犯罪の証明なきものとして刑事訴訟法第三百三十六条後段により無罪の言渡をすべきである。

(三)  被告人梶浦について。

(1) 被告人梶浦が同三十五年六月四日午前八時頃、本件仙台高裁前職場大会に参加する目的で東北大学学生百数十名と共に仙台高等裁判所構内に立入つたことは同被告人の認めるところであり、伊沢寿昭の昭和三十五年九月二日付検察官に対する供述調書によつても明らかである。右学生らが同裁判所構内に立入つたのは本件職場大会に参加し庁舎各入口にスクラムを組み裁判所職員の登庁を阻止し職場大会に参加方を説得する目的であつたことも証人石塚長助、同兼築義春(何れも第一回)、同渡辺哲夫、同菊池節の各証人尋問調書、前掲伊沢寿昭の検察官に対する供述調書により認めることができる。そこで共謀の点について検討してみるに、前掲証拠によれば右学生らの隊列を組んだ侭一団となつて同裁判所表門から同裁判所構内に侵入していること、右学生の中に被告人も加わつていたことが認められるから学生らとの間に共謀があつたことは明らかであるが、本件全証拠によるも被告人梶浦が学生らと共に同裁判所構内に侵入する際には国鉄労組員らと侵入につき共謀があつたと認めるに足る資料はない。併し乍ら住居侵入罪は他人の住居等に侵入したとき直ちに犯罪は既遂となるがそれによつて犯罪が直ちに終了するものではなく、侵入行為が続いている間は犯罪が継続しているとみるべきであるから、その間に侵入につき他人と意思を共通にすればその者との間に侵入の共謀が成立するものと解すべきである。前掲各証拠によれば、右学生らは同裁判所構内に侵入した後庁舎各入口において国鉄、全農林、全国税労組員らと共にスクラムを組んで立ち塞つていた事実を認めることができるから、これらの労組員との間にも侵入に付黙示の共謀があつたと認めるべきである。従て被告人梶浦に対する公訴事実は全司法労組員との共謀の点を除きこれを認めることができる。

(2) 併し乍ら飜つて考えてみるに、証人菊池節、同細川春雄、同福本健一の各証人尋問調書及び被告人梶浦の当公廷における供述を綜合すると、同被告人が本件職場大会に参加するに至つたのは、六月三日その所属する東北大学川内分校(被告人は当時東北大学工学部二年在学中で同大学川内分校に所属していた)の体育館において開かれた学生大会において、翌六月四日県民会議主催の六・四統一行動に学生も参加協力することが決定され、取敢えず六月四日は午前七時に仙台駅前に集合することがきめられた。それで被告人梶浦は他の東北大学学生らと共に同日午前七時頃同駅前に集合していた処、県民会議の人から右学生らに対し、仙台高等裁判所に行くよう指示があつたので、集合していた百数十名の学生らと共に同裁判所に向い、本件職場大会に参加するに至つた。当時、東北大学内においても学生の授業放棄や教授、助教授らを含む教職員らの間で屡々安保条約に反対する抗議集会がもたれていたこと、六月四日午後一時県民会議主催の宮城県庁前抗議集会には同大学教授、助教授、助手らを含めた約二百名の教職員が参加し、続いて行われた仙台市内のデモ行進にも参加したこと(証人服部英太郎、同服部文男、同祖川武夫の各証人尋問調書)、さきに述べた当時の政治的社会的状勢等を合せ考えると、右のような状況下において、年少且つ社会的訓練を身につけていない被告人梶浦のみに、右学生の行動、隊列から離れ仙台高等裁判所に行かず本件職場大会に参加しないことを期待することはできなかつたか、又は著しく困難であつたと認むべきである。従て被告人梶浦が学生らと行動を共にし本件職場大会に参加したこと自体をとり上げてこれに対し刑事責任を問うことはできないと言わなければならない。たゞ上来述べたとおり本件職場大会が違法とされる重要な要素の一つは右職場大会が終了する迄の間学生、国鉄、全農林国税労組員らにより庁舎各入口にスクラムが組まれ裁判所職員の登庁を阻止した点にあり、被告人坂根、同阿部、同手塚昂吉、同千葉、同手塚信次らが夫々刑責を認められたのもこれらの行為に対し重要な役割を果していたことによるのであるから、被告人梶浦も単に右学生らの一員として本件職場大会に参加したというに止まらず、これに対し前記被告人らと同じような役割を果していたとすれば、右被告人らと同様刑責を問われなければならない。そこで、この点を検討するに前掲伊沢寿昭の検察官に対する供述調書によれば、被告人梶浦は仙台高等裁判所に侵入した際学生らに対し庁舎入口に立つて裁判所職員の登庁を阻止するよう指示した旨の記載がある。併し乍ら右学生らが表門から侵入した際、表門附近に居てこれが侵入を阻止しようとし、学生らが侵入した後も同所附近に立止つて学生らの行動を観察していた証人石塚長助、同木村茂、同佐藤三郎の各証人尋問調書によるも同人らは何れも被告人梶浦の右の言動を現認しておらず、また当日仙台高等裁判所構内において学生らの行動について目撃していた者は多数あるにかゝわらず、被告人梶浦の右の言動を目撃した者は一人もないこと(他の被告人らの言動は目撃している者が多い)、証人兼築義春(第一回)の証人尋問調書によれば学生の指導者らしい者は証第四号ピケ状況写真集の四枚目裏に添付されている写真(二枚)のうち座つている者の前に立つている二名の者であることが窺えるところ同人は被告人梶浦でないこと、等の諸事実に照らせば右伊沢寿昭の供述記載はにわかにこれを措信することができない。その他本件全証拠によるも被告人梶浦が本件ピケについて積極的な役割を果したことを認めるに足る証拠はないのみならず、被告人梶浦が学生らと共に本件ピケに現実に参加したかどうかもこれを認めるに足る適確な証拠はない。されば被告人梶浦は学生らと共に単に本件職場大会に参加したというに過ぎないと認めるのが相当である、然らば前述の意味に於てこれに刑事責任を認めることはできないというべきである。従て被告人梶浦の所為は結局罪とならないものとして刑事訴訟法第三百三十六条前段により無罪の言渡をすべきものである。

(法令の適用)

法に照すに、被告人坂根、同阿部、同手塚昂吉の判示第一、第二の所為は包括して国家公務員法第百十条第十七号、第九十八条第五項前段、刑法第六十条に、同第三の所為は同法第百三十条前段、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号、刑法第六十条に、被告人千葉、同手塚信次の同第二の所為は国家公務員法第百十条第十七号、第九十八条第五項前段、刑法第六十条に、同第三の所為は同法第百三十条前段、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号、刑法第六十条に夫々該当するところ、情状について見るに、上記の通り右被告人らの本件行為は安保改定反対乃至抗議運動としては明らかにその限度を逸脱したものであり、これによつて実定法秩序に違反した責任は問われなければならないが、他面被告人等が本件行為に出た動機、目的は改定安保条約が日本の平和と独立を脅し、当時の政府並びに自民党の態度が議会主義、民主々義に対する危機をもたらすものであるとの認識に立ち、右条約改定を阻止し日本の平和と独立、議会主義民主々義を守る為であり、当時の政治的、社会的状況に照らすと被告人等が右のような認識を抱きこれらの行動に出たのも或程度諒とされる点があつたと思われる。唯被告人坂根は本件職場大会の現場における最高責任者として本件職場大会が判示のような形態、方法で行われたことにつき最も重要な役割を果したものであり、情状最も重いといわなければならない。そこで同被告人に対しては所定刑中何れも懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により重い国家公務員法違反の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役四月に処し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二十五条第一項第一号により本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。その余の被告人に対しては以上の情状を考慮し所定刑中何れも罰金刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項により各罪につき定めた罰金額を合算した範囲内において処断すべきところ被告人阿部については全司法労組仙台支部執行委員長として本件職場大会実施に付果した前記役割等を考慮し同被告人を罰金二万円に、被告人手塚昂吉を罰金一万円に、被告人千葉、同手塚信次を何れも罰金八千円に処し、被告人らにおいて右の罰金を完納することができないときは、同法第十八条により金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとする。訴訟費用中証人秋田恂、同伊沢寿昭、同菊池節、同岡本二三男、同金子三治郎、同前田利雄に支給した分を除き、その余の証人らに支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条に則り全部被告人坂根、同阿部、同手塚昂吉、同千葉、同手塚信次らに連帯して負担させることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 宮脇辰雄 大政正一 軍司猛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例